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Dec
31st
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2011年の発言から

@t33f: ひらがなだけで できた ぶんしょうを みると さいしょと さいごの もじしか あってない のではないかと うたがってしまう
2011-01-27 22:02:57 via twmode
http://twitter.com/t33f/status/30611718828724224

@t33f: 部分点ってなんですかね。点とはそれ以上分割できないものではなかつたか。
2011-02-04 00:26:35 via twmode
http://twitter.com/t33f/status/33184583147069440

@t33f: 能ある Lisper は括弧を隠すといってですね
2011-02-21 20:55:23 via twmode
http://twitter.com/t33f/status/39654411139547136

@t33f: そういえば僕,挨拶って普通の言葉と違うんだねって気付くのに25年以上かかった。言葉への意味の込められかたが普通と違うというか。中身ではなくて発するという行為そのものに意味が付随してる感じ。それがわからなかったからかもしれないけど,昔は挨拶ってなんだか気持ちの悪いものだって思ってた
2011-03-23 00:28:54 via twmode
http://twitter.com/t33f/status/50217395691855872

@t33f: 「わたしのような者がそのような出過ぎた真似を,おこがましい!とか思ってばかりいるからいつまで経っても恋人できない」みたいなことを小人さんが言い出した
2011-03-24 21:19:18 via twmode
http://twitter.com/t33f/status/50894456437751808

@t33f: 高校の数学では小手先のテクニックをいろいろ教えていたのに,国語や体育や美術などではそういうのを教わらなかった気がするのはどうしてだろう。僕は教わりたかった。
2011-04-02 15:27:31 via twmode
http://twitter.com/t33f/status/54067418359791616

@t33f: 「誤解を恐れずにいえば」って前置きしてるってことはたぶん恐れてる
2011-05-02 21:04:48 via twmode
http://twitter.com/t33f/status/65023934789193729

@t33f: 「ぼくはだめだ」「だめだと言うやつがだめだ」「だからそう言ってる」「あっ」
2011-05-10 21:54:58 via twmode
http://twitter.com/t33f/status/67935661436571649

@t33f: 抽象的なものがきれいに見える感性はたぶん,具体的なものを触る経験によって培われる
2011-09-14 09:16:52 via twmode
http://twitter.com/t33f/status/113768139543687169

@t33f: 言葉っていうのはそれに該当する現象の集まりで,表したいひとつのものをいろんな言葉で表すことで受け手はだんだん解釈を狭めていき,話し手と受け手が近づく
2011-10-08 10:53:24 via twmode
http://twitter.com/t33f/status/122489740833460224

@t33f: 文章とはここまで僕に書かれることを拒むものであったのか
2011-11-05 23:46:45 via twmode
http://twitter.com/t33f/status/132831218633949184

@t33f: 夢の中に出てきたやりとり「高学歴のメリットは?」「ストロベリージュースを頑張ってストローで飲む」
2011-11-29 07:42:27 via Twil2 (Tweet Anytime, Anywhere by Mail)
http://twitter.com/t33f/status/141285853707243520

Oct
17th
Sun
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ソフトウェアを書くにあたってプログラマーとしての経験が教えてくれたいくつかのことがあります。コードを書くことについて、人々が驚き意外に思うことをいくつかここに紹介します。

1.スキルのレベルにかかわらず、プログラマーは全時間のおよそ10~20%をコードを書くのにあてており、たいていのプログラマーは完成品ができるまで一日あたりおよそ10~12行のコードを書いています。優秀なプログラマーは残りの90%のうち大部分を、考えること・調べること・最高の設計を見つけるための検証作業に費やします。ダメなプログラマーは残りの90%のうち大部分を、やみくもに変更と検証を繰り返すようなデバッグ作業に費やします。

「偉大な旋盤工は、平均的な旋盤工の数倍の給料を支払う価値があります。しかし、ソフトウェアコードの偉大な書き手は平均的な書き手の一万倍の価値があるのです。」ビルゲイツ

2.優秀なプログラマーは並のプログラマーの10倍もの生産性があります。さらに卓越したプログラマーだと20~100倍です。これは大げさな言い方ではありません。1960年代からの研究が一貫して示し続けています。ダメなプログラマーはただ生産的でないだけではありません。仕事を片付けられないだけでなく、他の人が直さなければならない多くの仕事や頭痛の種を生み出してしまいます。

3.偉大なプログラマーは、少なくとも最終的に完成品に行き着くコードを書くのに、ほんの少しの時間しか使いません。時間の多くをコードを書くのにあてるプログラマーは、とても怠け者で、あまりにものを知らないか、極めて傲慢なので、古い問題に対する今すでにある解決方法を見つけることができません。偉大なプログラマーは共通のパターンを見分けて再利用する名人です。優秀なプログラマーは、理想的な設計に至るために絶えずコードをリファクタリング(書き直し)することを恐れません。ダメなプログラマーは、コンセプトの統一性や階層・パターンを欠き、重複のある、リファクタリングがとても難しいコードを書いてしまいます。ダメなコードは変更するより捨ててしまって一からやり直す方が簡単です。

4.ソフトウェアは他のすべてのことと同様にエントロピーの法則に従います。絶え間のない変更はソフトウェアをダメにします。当初の設計にあったコンセプトの統一性を壊してしまうのです。そのこと自体は避けられないのですが、コンセプトの統一性を考慮に入れられないプログラマーは、劣化が早すぎて完成する前に役立たずになってしまうようなソフトウェアをつくってしまいます。このコンセプトの統一性における問題はたぶんソフトウェアプロジェクトの失敗の最も一般的な原因です。(二番目に一般的な原因は、顧客が求めていないものを提供してしまうことです。)ソフトウェアの劣化は進捗状況を急激に遅らせるので、多くのプロジェクトは破綻するより先にスケジュールや予算の逼迫(ひっぱく)に直面します。

5.2004年の調査によると、たいていのソフトウェアプロジェクト(51%)は重要な側面が不足していて、15%は全体として失敗しています。31%が失敗していた1994年からは改善しています。

6.大部分のソフトウェアはチームによってつくられているとはいえ、それは民主的な活動ではありません。通常、ただひとりの人が設計に関与して、チームの残りの人は細部を担当します。

7.プログラミングは大変な仕事です。極めて強度な精神活動です。優秀なプログラマーは年がら年中、仕事のことを考えています。最も重要なコードを、夢の中やシャワールームで生み出すのです。一番大事な仕事はキーボードから離れたところで行われます。したがって、ソフトウェアのプロジェクトは、オフィスにいる時間を長くしたり人を増やしたりすることでスピードを上げることはできないのです。
Sep
15th
Wed
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Jun
14th
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May
1st
Sat
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三語作文「数学」「ドラッグ」「長門有希」

「例えばね」彼はいう。「数学には,複素数というのがあるだろう」彼の話の始まりは,いつも唐突である。「あれを,存在しない数なんていう人もいるけどね,そんなことはないと思う。確かに触れることのできる,あるいは直接目で見ることのできる実体をもつようなものじゃないかもしれない。でも数っていうのは,そういうあり方を期待するべきものじゃない。概念っていうのは,みんなそういうものなんじゃないかな」そんなような話は,何度となく聞いている気がする。彼はこういう話が好きである。「触れることができなくても,複素数はきちんと存在してる。僕は複素数には確かに存在感があると感じるし,それは数学を少しやった者ならみんなある程度共有している感覚だと思ってる」そんなことを話す彼は,いつものように楽しそうである。「別にそれは,数学に限ったことじゃないんだ。卑近な例を出すと,長門有希って知ってるかな」突然話が変わる。「あれだってそうなんだ。人によっちゃ,お話の中の存在で,実在はしないと言うだろう。確かに,実際に目の前に実体をもって立ち現れる,触れることのできる存在ではない。だけど,それでもきちんと存在感を持っていると思うんだ。長門有希もまた,概念なんだと思う」それもいつか聞いた……ような気がする。「これのことですよ,って,触ることのできるものを目の前にポンと置いてくれれば,確かにわかりやすい。中には,そうされないと存在するってことを認められない人もいる。一方,そうでない人もいる。より少しのものしか見ようとしない人と,より多くのものを見ようとする人と,どちらが精神的に豊かだと思う?」修辞疑問文。彼にしては珍しい。「ちゃんとそれが見えてる人もいるのに,一部の人はそれが存在するってことを認めようとしない。そういう人たちは,それを幻覚と呼んで,見えると言う人間をおかしな奴らと決め付けるんだ」彼はこんなふうにして,奇妙な理屈をつけて何かを正当化しようとするのが好きだ。今日の標的はドラッグらしい。


(140 字版)
複素数と長門有希は似ている,と彼は言う。その心は,見える人には見える,そういうものだから,だそうだ。数学用語を持ち出すのが,彼らしい。「新しいものを見ようとしてるのに,変な奴が幻覚を見てる,なんてさ」彼は,妙な理屈をつけて何かを正当化するのが好きだ。今日の標的は,ドラッグらしい。

Apr
27th
Tue
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二十分作文

※文体診断 http://logoon.org/ に食わせるために書いていたらいつの間にか二十分作文になっていたもの

文体診断をやってみたくなったので文章を書いてみることにした。前に書いた文章で適当なものがどこかに眠っていれば,それを掘り起こしてきてもいいのだが,まとまった長さでこの手の用途に合いそうなものがあまり思い当たらない。日記なんかはだいたいどれも技術的で専門用語だらけだし英語交じりなので,普通の日本語として分析するであろうツールに食わせても仕方がないような気がしたりする。twitter のログなんかはあまりにもつながりがなさ過ぎて,量はあるけれども並べたところで文章の体をなしていないので適切ではないような気がする。そういうわけで,無難な文章をこの場でさっと書いてしまったほうが,昔の存在するかどうかもわからない文章を掘り起こそうと頑張るよりもよいに違いないと思うわけだ。

さて,しかし何について書こうかと考えてみると,特に書くことも見当たらない。twitter に流れている発言から何か拾おうか。そういえば,二十分作文というのがあって,いつだったか twitter でこれも流行していたような気がする。気がするというか,流行していた。僕はそのとき,そんな思いつくままに書き連ねたランダムなアウトプットを公開などしてしまったら,もしかすると自分でも気付いていないような,公にするべきではない種類の自分の内面が公衆の面前に晒されてしまうかもしれないではないか,そんなことは恐ろしくてできない,などと思ったので結局流行に乗ることができずに一度も二十分作文やそれに類することをやらなかったのだ。しかしこの間,モーニングページというのを知って何度かやってみたところ,どうやら二十分作文というのもこれと同じ感覚なのだろうという感触を得るに至った。思いつくままに何でもいいから書き並べる,というのは,くだらないように思えて実のところやってみるとそれなりに楽しいものだ。そういえば twitter にもそういうところがあるので,それが楽しいものだということを僕は本来モーニングページなどやらなくても知っていたはずだし,twitter に平気で思いつくことをそのまま書き込んでいるということは,内面が白日の下に云々などと心配するのも今更何を言うかというような話だったのかもしれない。

さてこれくらいの分量でどうだろうと思ったところ,まだ千字にも届いていないようで,もう少し増やしたいように思う。そろそろ書き始めて十分くらい経過したのだろうか,まだそこまで経過していないのだろうか。書き始める直前の twitter での発言が 00:04 で,今 00:12 なのでまだ半分ちょっとあるのかもしれない。いや,半分というのは二十分作文であればということであり,別にこれは二十分作文を意識してやっているものではないのだが。というのはきっと既に嘘になっていて,これはいつの間にか二十分作文になっているのだ。そういうわけであと十分ほど思いつくままに何かを書き続けることになった。

こうやってキーボードに手を添えていると,なんだか紙に書くよりも書くことを思いつきにくいような気がする。もしかしたら,単に入力時間が少ないので入力している間にいろいろなことを考える暇がないせいなのかもしれない。あるいは,キーボードから入力して変換を行うという行為がそれなりに負担のかかる作業であり,そのために紙に手書きするよりも入力に専念する度合いが高く,それゆえ他のことを考える余裕が少なくなるのかもしれない。まあよくわからない。僕がタイピングソフトでタッチタイピングを練習していて,むしろ実際に文章を打つよりもタイピングソフトに向かって打った文字数のほうがきっと圧倒的に多いせいで,何か僕のタイピングをしているときの思考回路は自分で考えた内容を打ち込むのとは違う方向に最適化されているのかもしれない。もしかしたらそうなんじゃないかと思うことが,ほかにもあったような気もしてきた。けど,それが何だったのか今すぐには思い出せないようであり,それはすなわち再びネタが切れたということを意味するので悲しい。

仕方がないので客観的なデータなどに頼ることになる。今ちょうど 1700 字を超えたところだ。そういえば,書くことがないときに客観的な数字を書き並べて逃げるというのは僕が小学校の低学年のときにやっていたことである。日記の宿題が出たときに,ネタがないとそれをやっていた。ネタがないと,といってもそれほど積極的に探したり,あるいは作ったりすることはなかったので,大体日記の宿題が出ると半分以上は数字を書き並べることになる。具体的には,家にあるアサガオの芽が何センチまで伸びてきたとか,葉っぱの大きさが何センチ何ミリだったとか,そんなようなことをひたすら書いて余白を埋めていたような気がする。長さの単位も「センチ」ではなく「センチメートル」と丁寧に書くことで字数を稼いでいた。あるとき字数を稼ぎたいあまりに「メートル」を「キロメートル」と書いて先生に直されたこともある。「キロ」が接頭辞だとは夢にも思わなかったのだろう。もちろん,当時の僕に接頭辞などという概念があったとは思わないが。「センチ」だってそうである。

さてそういうわけでめでたく二千字を超えた。もう少し時間はあるのだが次は何を書いたものか。タイムラインにお伺いをたててみよう。数学問題ボットが見えた。このアカウントの存在を知った当初は,こいつをフォローすると常にタイムラインに数学の問題が見えることになり危険であると思ってフォローできなかった。どうして危険かというと,数学の問題が見えたらどうしても解きたくなるに決まっていて,したがってこいつは時間泥棒になるに違いないと思ったからである。実際フォローしてみると,案外そんなこともなくて,数学の問題に対するスルー力の向上にむしろ貢献する結果となったようである。ということは以前に一度呟いたのだけど。さて 2400 字を超えたところでそろそろ時間のようだ。指が少しだけ疲れた。

Apr
26th
Mon
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Feb
2nd
Tue
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908 [2010/02/02(火) 08:28:50] 132人目の素数さん

»871 
極論言いますよ。
公理系(ことば)が先にあり、然る後に研究対象(もの)はそのモデルとして存在するとするのがロジックです。
研究したいものが先にあって人間のことばは単なる手段に過ぎないと考えるのが普通の数学です。

「選択公理と数学」の第四章を理解して目を通されたならば当然ご存じだと思いますが、
選択公理を使わなければ~~は証明できない、ということを証明するためには
さて、今示した定理 A の証明が実際に論理式の列としてmachine-readableな形で書き下さしたとしよう、
証明で使われる公理は有限個だからそれを{φ_0,…….., φ_{n-1} } とする(以下略)
というような、一般的な数学からするととんでもない議論をします。
これはロジックの議論です。
選択公理より~~が成り立つ、という証明は(普通は)ロジックの議論じゃありません。
解析的整数論が基礎論じゃないのと同じです。
だからロジックを応用して一般的な数学に関する結果を導くときには、
Church-Turingのテーゼが正しいならば、とか、Hilbertのテーゼが正しいならば、とか、
集合に関する事実の証明手段が ZFC(のサブセット)に収まるならば、
とかそういう前提条件がほぼ必ず付きます。

setの研究はロジックではありません。universeの研究はロジックです。
GodelとCohen以後の集合論の大部分は後者ですし、»871にある結果も
可換環の性質に関する定理ではなくて、ZFという公理系の性質に関する定理です。

— [数学板] 数学基礎論の質問スレッド その5
http://science6.2ch.net/test/read.cgi/math/1244375946/
Jan
31st
Sun
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866 [2010/01/30(土) 12:56:55] 132人目の素数さん

理論Tでのφの証明とかと関係無しに
数学における論理を形式化する際には
否定¬と矛盾⊥はどちらを取っても
それからもう片方を定義することが出来て
結果としては同じになる。だから、ただの好みの問題。

868 [2010/01/30(土) 15:43:55] 132人目の素数さん

»866 
ものすごく細かいことを言うと、否定と矛盾のどっちをプリミティブに取るのかには違いがあるけどね。


869 [2010/01/30(土) 18:57:04] 132人目の素数さん

但し最小論理がどうとか書こうかとは思ったんだが
細かすぎるなので遠慮したw

形式的な公理系とは別に人間がより原始的に持っている観念は
どちらかと言えば否定のほうなんじゃないだろうかと思う
実際初学者は (A∧¬A)→B が直観的に納得できないことが多い
人間の信念なんて案外細かい所では矛盾していたりするもので、
仮にそれが矛盾しても判断を保留したり信憑性を検討したりして
うまくやっていく仕組みは誰だって殆ど生得的に持っていると思われる

— [数学板] 数学基礎論の質問スレッド その5
http://science6.2ch.net/test/read.cgi/math/1244375946/
Nov
19th
Thu
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C takes the point of view that the programmer is always right.
— Michael DeCorte