Untitled RSS

Archive

Jan
27th
Tue
permalink

正しさって二種類あるんじゃね、とか

  • t33f: 今朝考えたことをこれから思い出しつつタイムラインに流すなどしてみる [http://twitter.com/t33f/statuses/1152111132]
  • t33f: 「数学は正しい正しくないがはっきりしてるけど、例えば芸術はそうではない」などと言われるけど、それは正しいだろうか、というようなこと。 [http://twitter.com/t33f/statuses/1152112697]
  • t33f: 数学においてはっきりしているという正しさとは、おそらくあらかじめ決められたルールに従っているかどうかという種類の正しさだろうと思う [http://twitter.com/t33f/statuses/1152117688]
  • t33f: 一方、芸術においては存在しないという正しさとは、どのような性質のものだろうか。先の、数学がもつとされる正しさとは質の違うものではないか、ということをふと考えたのだった。 [http://twitter.com/t33f/statuses/1152125334]
  • t33f: 芸術において存在しないと言われるところの正しさは、適切な言い方かどうか分からないが、普遍的な合目的性とでもいうようなものかもしれない。こう言うと少し大げさすぎる気もする。 [http://twitter.com/t33f/statuses/1152137473]
  • t33f: あるいはもう少し分かりやすく、人はこう言うかもしれない。「数学には正解があるけど、芸術にはない」 それは少しだけ正しいかもしれない。 [http://twitter.com/t33f/statuses/1152146329]
  • t33f: 僕が思うに、数学にも芸術にもスポーツにも、その他のいろんなことにも、正しさの存在する部分としない部分があるのではないか。芸術にもスポーツにも明るくないから予想だけど。 [http://twitter.com/t33f/statuses/1152159374]
  • t33f: で、たまたま、かどうかは知らないけど現実として、学校では数学を含む主要教科などと呼ばれる分野に関しては主に正しさの決まる部分を教え、美術や体育、音楽では基本的にそういう部分を教えない。 [http://twitter.com/t33f/statuses/1152165022]
  • t33f: 例えば極端な例だけど、野球で右打ちの打者が右手を下にしてバット握ったらそれは間違ってると言われるだろう。数学で 1+1=3 と計算したら、やはりこれもそれは間違いだと言われるだろう。 [http://twitter.com/t33f/statuses/1152174626]
  • t33f: 今の例は論点を全く補強していない気がするが。 [http://twitter.com/t33f/statuses/1152175475]
  • at_akada: 数学における「計算」に相当するものって他の分野だと何なのだろう、などと思う。正しい体の動かし方とかなのかな。 [http://twitter.com/at_akada/statuses/1152176753]
  • necocen: 中学の体育教師は、初回の授業で「1+1=5」と黒板に書いて、なんか人生の教訓みたいなのをしゃべっていたのをぼんやりと覚えている [http://twitter.com/necocen/statuses/1152177195]
  • necocen: でまぁ、激しい受験戦争を経てきた一年生たちは、どんなすばらしい話が飛び出すのだろうと神妙な顔をして聴いていたのだが、結局つまらない話だったのをぼんやりと覚えている [http://twitter.com/necocen/statuses/1152181515]
  • t33f: @at_akada 僕はそんなイメージです。「普通の数学で正しい(とされる)こと」と「各競技における基本動作」が近い関係にあるような感じ。 [http://twitter.com/t33f/statuses/1152189427]
  • bluesy_k: 言葉だと文法的に正しい文の生成が計算に相当すると思ってる。 [http://twitter.com/bluesy_k/statuses/1152192447]
  • bluesy_k: いや意味論も含めるべきか。まあとにかく正しい文。 [http://twitter.com/bluesy_k/statuses/1152193764]
  • at_akada: @t33f その2つはそんなに遠くない気がしますね。中高などのレベルで数学は正しい/正しくないがはっきりしていると言われるのは、自分で何かを発見していくような領域まで進まないからではないでしょうか。 [http://twitter.com/at_akada/statuses/1152199042]
  • t33f: 数学の諸々の定義と言語の文法も気分的に対応するような感じがする。面白いことに、言語学においては実際に使われている言語が絶対であって、文法が現実に合わないならそれは文法が間違っていることになる(らしい) [http://twitter.com/t33f/statuses/1152200978]
  • t33f: @at_akada そうですそうです。いつも正しいものが与えられるだけなので、正しいかどうか分からないものの存在を知る機会がないと思うのです。 [http://twitter.com/t33f/statuses/1152203541]
  • t33f: 公理が現実に合わなければ、それは公理が正しくないんだよ、と。こうなると数学が自然科学に見えてくるかもしれない。 [http://twitter.com/t33f/statuses/1152207191]
  • t33f: ここでいう「正しくない」は学校数学的な意味ではないほうの正しさについての言及。適切さといったほうがいいのかもしれない。 [http://twitter.com/t33f/statuses/1152210389]
  • t33f: ここで最初のほうで出した普遍的な合目的性という言葉に繋がるな [http://twitter.com/t33f/statuses/1152213609]
  • t33f: 書道苦手だったけど、きっと基本的な筆の使い方を知らないままやってたせいなんだろうなあ。絵も苦手だったけど、きっとどうやって描けばいいのか分からないまま手を動かしてたからなんだろうなあ。などと高校出た後で思うようになった。 [http://twitter.com/t33f/statuses/1152231531]
  1. n-enot reblogged this from quawai
  2. quawai reblogged this from t33f
  3. t33f posted this